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歴史

2013年1月17日 (木)

四方山話は面白い。

うちのニンテンドッグスの相棒がまた太り気味になってまいりました。まるまるっとすると可愛いのだけれど、健康にはよくないですよね・・・。

毛並みよごれていたにゃんことともにお風呂にいれ、そのあとに毛並みをブラシで整えたのですが・・・うちの相棒は腹や背中をかかれるのが好き、らしく頭や喉なでたあとはすぐ背をむくんです。それはブラシでも同じなのですが・・・必ずその後尻を向ける・・・。

いや、いいんだけど・・・「尻かゆいからかいて」と言わんばかりの態度なんですが。

にゃんこのほうは、お風呂は苦手でにゃーにゃー嫌がるのですが、そのあとのブラシが気持ちよさそうなのでいいか。

話はかわって、今読んでいるのが『日本史 はなしの玉手箱』(歴史探検隊 1990年 文春文庫)ですが、いろいろなエピソード載っていて面白いです。その間にクイズが挟まってくるのですが、けっこうど忘れしていたり、難しかったりで、思わず解答ページめくってしまいます。

今読んでいるところまでで一番好きだなーというのが津田梅子さんのエピソード。

「源氏物語」の英訳をチェックしていたところ、「なにこのわいせつなものは!!!」と言ったというもの・・・。

このエピソードは、以前別の歴史豆知識みたいな本でも見かけたのですが、そのときは「おお!」って思ったなあ・・・。

というのも、私個人も、「源氏物語ってなんかエッチな物語だなあ・・・」と思っていたので。

(古典や現代語訳とかを読んだわけでなく、まんがでちょっと読んだ程度の感想だったのですが・・・いろんな女性と関係したりするので、それが官能的だったというか・・・)

本のなかでは「・・・(中略)わたしたちだって「『源氏物語』は平安中期に書かれた日本で最初の長編小説で、宮廷を舞台に愛のドラマがくり広げられ・・・」といったレクチュアをうけずに読まされれば、梅子と同じように感じたかもしれない。」と書かれていますが、それを授業で習っても、当時の婚姻形態や恋愛事情とかを少しづつ知っても、そのとき抱いた感想はまだ抜けきらなかったりする・・・素晴らしい日本文学でありますが、少なくとも、私個人の中では「そういう面もあるもの」として位置づけられてしまっています。いいのかな。

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2012年12月 7日 (金)

果心さんと曾呂利さんと加藤さんと望月さんと。

今日の地震は大きい上に、長かったですね・・・津波警報もでましたし・・・。皆様大丈夫でしたでしょうか。幸い、うちは物がちょっと落ちた程度で済みましたが、それでも上の電気がぐらんぐらん揺れて落ちてくるのではないかと怖かったです。

警報等も解除されたようですが、一応避難具は用意しておこうと思います。

さて、やっと『戦国忍者列伝』読み終わりましたー!

ドラマや漫画・アニメ等で忍=かっこいい、闇に潜む、常人には出来ない・・・などといったイメージを持っていたのですが、中には戦いの中で同士討ちをした(せざるをえなかった)り、主君に「城の中に入って情報探ってきてね」といわれたのにやらなくてクビになったりしてた忍もいたとかで・・・忍っていっても、人間味がちらほら見られるところが、また惹かれます。

その人物伝のなかで、気になる4人を創作で描いてみました。

22 左から、果心居士さん、飛び加藤こと加藤段蔵さん、曾呂利新左衛門さん、望月千代女さん。

果心さんはほんとは「老人」なんだそうですが、なんとなく、イメージで。

この方は松永弾正久秀に仕えていた、というより、よばれたらいくよー、みたいなノリでいたんじゃないかな、と妄想しています。

『戦国忍者列伝』のなかでは松永弾正が「攻略目的の地に果心居士を遣わし、幻術を披露しながら情報を探らせていたのであろう。」と書かれていますが、個人的には、果心さんは行って来いって言われていくような人じゃないように思えるので、果心さんがふらふらといったところの話を松永弾正が聴いて、そこから役立つ情報をピックアップしてたのかなと思います。

だから、忍びというよりはあくまで幻術師が生業なんだろうな、と。

加藤さんも「呑牛の術」などの幻術使えたみたいですし、上杉謙信や武田信玄に仕官しようとしたらしいですが、かえって警戒されて殺されてしまった。

警戒されるほどの腕前ってどんなんだろ・・・。

曾呂利さんは秀吉のお伽衆・・・話し相手って表向きの(?)顔をしていたそうで。

とんち、というか話の切り替えしが上手い人だったようで(頭の回転が速いのかな)。

そういや仙台で購入した『太閤と曾呂利』という本はこの人のことだよな・・・。

望月千代女さんは、くの一養成機関の頭領だった方。

私個人がいつも疑問に感じるのですが、くの一の色香・・・お色気忍法や、房術とも書かれたりしますが、確かに、そういう面はあった、と思います。

男性にできないこと、と考えると、女中になったり、女性の中に入って情報を得たりと、男性とねんごろになって情報を聞き出すまたは暗殺するということがありますし(もっとも男性も女性とねんごろになって・・・ということもありえるでしょうが)

『烈火の炎』でも、「形無しの塁」さんが色香も相手を骨抜きにする忍術の一つ、と仰っているので、女性の性というものは術の一つと為りうるといえる。

ただ・・・そのお色気だけではないと思うのです。くの一には、情報をすばやく探るための頭の良さや状況把握の方法、それに「歩き巫女」となるなら、それなりに知識を入れないとだし。また、自分の身を守るための強さもなくてはならない。

だからでしょうか、あまりにお色気のみを前面にがっと出されてしまうと、ちょっと苦手意識が働くというか・・・くの一=房術訓練、お色気というのは・・・。(あ、色香を武器としつつ、強いというのはまた別です。ようするに、そこに「命をかけて動く」ことであったり、何かがあればまた見方も変わるのです。塁さんが仰ったように、あくまで術の一つ、と考え、忍びとして動くとか)

「千代女がくノ一に教え込んだ術が、現代ではエロチックに描かれているが、彼女たちは命がけで歩き巫女をつづけていたわけである。」とあるように、それが根底になければ、「くノ一」ではないのかなあと個人的には考えています。

琵琶法師勝一さんや山田八右衛門さんとか他にも面白いなあと思う方はたくさんいたので、他にも資料読んでみたいな。

・・・いよいよ『果心居士の幻術』を読むときがきたかもしれない・・・!!!

2012年7月21日 (土)

気になることが増えていく。

相変わらず、いろんな本に手をつけては、あっち読みこっち読みしているのですが、主に歴史人物エッセイを読んでいることが多いです。

そこにでてくる参考文献や史料がとても魅力的で、できることなら自分の目でじかに見たい!読みたい!と思ってしまいます。

古書市や古書店、あるいは国会図書館などを利用すればいいのかな・・・。

今読みたいのは『甲子夜話』と『甲東逸話』。

特に『甲東逸話』は大久保卿のエピソードなのでぜひぜひ読みたい。

絵の勉強もしたいし、ゲームもしたいけれど、歴史の勉強、というか歴史をもっと知りたい欲もある。

欲ばっかりの人間だなと思います。

2012年7月 1日 (日)

好きだからばたばた

あっという間に6月終わり、もう7月です。・・・もう・・・(ため息)。

相変わらず本やゲームやその他もろもろを積んでおりますが、『翔ぶが如く』は少しずつ読み返しています。

もともとこれを読んだきっかけは『るろうに剣心』でした。そこで操ちゃんや左之助さんが「翔ぶが如く」という台詞を叫んでおり、また司馬先生の訃報を知り読んでみようと思ったのですが、そこで・・・大久保卿の魅力にやられてしまいました。

『るろうに~』ではじめて見た時は、「ああ、そういう人もいるのか」位の印象だったのですが(川路さんにいたっては、恵さんの罪を見逃す代わりに取り引き、とかがあったので何だこの人、なんて思ってしまったのですが)

それから明治政府側のことを本やネットなどで調べたり、大河の総集編をみたり、そして現存している写真を見るなどして・・・「氷のようだ」なんていわれたりしていたようですが、意外と家庭では子ども思いだったりとか子どものころはわんぱくだったとか、そういうエピソードを知るごとにどんどん好きになっていく。

『翔ぶが如く』や『歳月』で大久保卿の人となり、というかエピソードを読むたびに「うわあああああ//////」ともだもだ、ばたばたしてしまいます。

これから読むたびばたばたし続けるのですね・・・。好きなものはいつだってそうです。

2012年6月27日 (水)

今日の歴史2番組。

今日は『今夜はヒストリー』は土方さんの最期、『歴史秘話ヒストリア』は金閣、銀閣の特集でしたねー。

ヒストリーを途中まで見て、後は録画だったのですが、やはり土方さんはカリスマ、というか、

武士の美学・意地・反明治政府(幕府派)としての象徴とされていたんだなと改めて思いました。追い詰められた状態にあったとはいえ、最期まで政府と闘おう、と思って血気盛んだったのは土方さんだけじゃなかろうとは思うのですが、それでも最初に「土方さん」が浮かんでしまうのは、それを一番体現してる存在だったのだと。

それに託した人もたくさんいるだろうしなあ。

私の場合、土方さんとの初めての出会いが司馬先生の『燃えよ剣』だったため、ずっとそのイメージが強いです。

金閣、銀閣は何年も前ですが、実際に見に行って、個人的には、「銀閣のほうが好きだな~」と思いました。

金閣に比べると大人しめですが、なんだか落ち着くと言うか。

金閣ももちろん素晴らしいのですがね。

今またもう一度見に行ったら、印象も変わるのかなあ・・・。見に行きたい。

見るのにかける時間等も関係するかな。以前よりじっくり時間をかければ、またいろいろ変わってくるかも。

それがまた面白い、と思うのです。

拍手ありがとうございます。

2012年5月27日 (日)

考えつつも手は動かせ。

夕食後、おなかがしくしく痛みしばらく丸まってました。そんなに変なもの食べていないのに・・・。

本日は仕事の帰りに『ワシズ』7巻と、『現代語 地獄めぐり』を購入しました。この『地獄めぐり』の帯に、「地獄ブーム沸騰中!!!」と書いてあり、「そ、そうか、沸騰中なのか・・・」とちょっと複雑に思いましたが・・・以前にも何度か申し上げましたが、本(本に限らないですが)は見つけて欲しい!と思ったときに買わないと、あとから時間がたって見つからない!ということがよくありますので、なるべく購入したいのです。

今はネット注文で手に入れられることがあるので、「もう二度と手に入らない」ってのは以前に比べれば減ってるのかなあと思うのですが。

やっぱり、本屋さんで買いたいなあ。

今日は出勤日だったのですが、仕事中や休憩中、ちょこちょこ果心居士さんについて考えていました。

・・・何故、と言われると何でだかは分からないのですが。そんな事考えてないで手動かせよ、と言われそうなんですが。(あ、仕事はきちんとやりましたよ?!)

果心居士さんについては、以前もブログ内で書いたのですが、最近戦国を考える時に、果心居士さんの存在ってなんなんだろうなあ、ということもよく考えます。実在か架空か、と言われれば、架空の人物ではあるのかなと思うのですが、その架空の人物が、なんで松永弾正を怖がらせたりしてたのか(もっとも、これは弾正さんが挑発した経緯もありますが)。それよりも個人的にもっと「?」と思うのが、なんでわざわざ秀吉さんを怒らせるようなことをしたのかがわからない。

だって怒らせたら、自分にどんな処罰が下るか予想できるはずなのに。

そんなわけで、戦国武将やその奥方なども魅力的なのですが、果心居士さんにもものすごく惹かれる。

なんなんだろうな。あの人。

教えてはくれないのだろうけど。

2012年5月20日 (日)

面白い×読みたい×集めたい=

なんだか家庭がちょっと・・・嫌、ちょっとどころかかなり重い雰囲気。いや、今に始まったことではないのですが・・・。

ビギナーズラックの『古今和歌集』を読み終わったので、またいろんな本を同時進行で読んでいます。

ひとつは『萌える!淫魔事典』表紙の美麗さに惹かれて購入したのですが、日本では雪女や骨女、河童憑きが淫魔とされていて、はじめは「ん?」と思ったのですが(妖怪という意識が強いので)「淫魔的妖怪」という考えの下掲載されているんですね。

うーん、言われてみれば・・・しかし、骨女と聞くと、鬼太郎でネズミ男と組んで悪さしてなかったっけー?という記憶があるのですが・・・。

そして『つぶやき平家物語』もちょこちょこ読んでいます。うん、面白い・・・んですが、ツイッターと同じで、下から上へ読まないと、時系列どおりには行かないんですね。(過去の発言が下にあるから)それがついつい上から読んでしまうので、「・・・えっと、あれ?」となってしまうこともしばしば。いやこれは私が馬鹿なだけだ。

平家物語は教科書に載っていたし「祇園精舎の~」の冒頭部分を覚えさせられ、テストで書かされた思い出がありますが、(徒然草、枕草子もそうだったな。あと奥の細道の一部も確か・・・)それはそれで楽しかったし、そこからも歴史や古典に興味が持てたなあ。

でもそれはあくまで「教科書でみた一部」で、「歴史の授業でやった一部」に過ぎなくて、確か高校の頃だったと思うのですが、「平家にあらずんば人にあらずって言ったの清盛じゃないよ」と当時の日本史の先生がこぼれ話的に教えてくださったことが私にとってはとても衝撃的でした。それまで一部だけ読んで、そこだけ見ていたから。

「そうだったのか!清盛さん!」という感じでした。

となると、「平家物語」原典含めていろいろ読みたくなって、借りるだけで済めばいいのですが私にはそれを「自分のものにしたい」と思う傾向があるので、結果本棚増殖、という・・・・。

この間母が空いたから、とくれた本棚が早くも埋まりそうなのです・・・。

2012年4月15日 (日)

『悪人』たちのお話。

昨日から深夜に呑んだお酒の量とおつまみが影響して、体重がどーんと増えてしまいました・・・。予想はしていましたが・・・

しばらくやめようそうしよう。

話は変わりますが、『悪人列伝 四』をやっと読み終えました!他の本に浮気しつつだったので、読むのが遅くなってしまった・・・。どれも興味深かったのですが、一番どきどきしたのは、最後の井上馨の章です。

この方は、伊藤博文との交友とか、伊藤さんと、大隈重信の二人と「築地梁山泊」なんていってたらしいとか、おお!と思うことがいっぱいあるのですが、(確か、第一次世界大戦を「天佑」と言ったのもこの方ではなかったかな・・・違ってたら、申し分けございません)

一番は大蔵卿のときの、銅山の横領というか、巻き上げ?事件かなあ。(大蔵卿は、大久保利通さんだったのですが洋行中だったから、実際政府のお金管理してたのは井上さん)この事件、司法卿の江藤新平さんも絡むし、この二人の攻防はみてみたいのです。どちらも一筋なわじゃいかないひとたちですしね・・・!

司馬先生の『歳月』にこのあたりのことがくわしく描写されていたかと記憶しています。また読み返そうかなー。

最後の解説で、海音寺先生が、人物列伝を書き始めた理由の一つとして、「歴史小説」と「伝奇小説」について、書かれています。歴史時代を舞台にした小説は繁栄をしてるけれども、「時代をごく抽象的な歴史時代にかりた、伝奇小説に過ぎない。そこに書かれている次代は、歴史時代のいつであるか、どこであるかも判然としない。かつて実在したことのない場所である。」と仰っており、それらは読み物として、文学として価値のあるものもあるけれど、歴史小説ではない、と。

となると、今まで私が読んできたものは伝奇小説がほとんどなのか。それでも、その時代の雰囲気を楽しめれば、いいなと個人的には思いますが、反面、先生が仰るような、歴史時代を「かりた」ものでなく、「土台」とした視点を持つものも必要なのではないかなとも思います。

私は、いいとこどりをしてるミーハーな日本史好きであるので、どちらがいいか、とか、これが絶対!とはいえませんが、何度も言ってしつこいようですが、どちらの視点も大事で、どちらを読んでも、「え、これ、もっと調べてみたら面白いんじゃないか?」「ん?これ・・・ほんとにそうなの???」なんてことを見つけられたらいいと思っています。

気づかずにいることも多々ありますがcoldsweats01

2012年4月10日 (火)

耽溺。

借りてきた「モノノ怪」を見ているのですが、この独特の世界観・・・!キャラデザ・・・どうして今まで見なかったんだよう!ともだもだしてしまいます。薬売りさん格好良すぎる・・・。

本日で「梁塵秘抄」読み終わりました。現存してる梁塵秘抄ってほんとに少ないんですね・・・。

最後のほうに現存している「梁塵秘抄口伝集巻十巻」のなかで、後白河院がいかに今様に熱心だったのか、ということが書かれているのですが、朝・昼・夜も関係なく練習して、口から血吐くまでやったとか・・・すごいなあ・・・。ちょっと自慢とも取れなくもないですが・・・。

今様の師を求め続け、(乙前様という方に師事したそうですが)今様の歌い手なら、身分が低かろうが関係なしに呼び寄せて習ったとか。

今様がお好きだったお母様の影響も大きくあるようです。

後白河院がなんでこんなに今様に熱心だったのか真意は分かりません。はじめは、ストレス発散とか、ほんの興味的なものだったのかもしれませんが(ん、でも10歳ぐらいからやってるらしいから・・・)

そこから血を吐くまでのめりこむ、っていうのは、人から賞賛を得るのも嬉しかったかなというのもあると思うのですが、それよりも自分の声で、舞でそこにこめられている「何か」を表現するということが楽しくて楽しくて仕方なかったのではないかなあと、妄想しています。

だから、もっと上手くなりたかったし、時間忘れて没頭してたのかなあと。

だからこそ、それが後世に残らないのはむなしいと仰っていますが・・・。

最後に参考文献として挙げられた中に、岩波書店刊の古典体系の本があるということで、機会があれば読んでみたいです。

一冊読み終わったので、『悪人列伝』続き読もう!

2012年4月 7日 (土)

暇すぎるのも考え物だというけれど本当にそうなのだ。

父が退職して何日もたってないのに、すでにもう暇そうにしています。ウォーキングしてみたりなんやかんやとやっているようですが、なんだかそれもいつまで続くやら・・・。

今少しずつですがビギナーズラックの『梁塵秘抄』を読んでいて、やっと半分ほどまで行きました。この本には現存するもののうちから48首集めて口語訳をつけているとのことですが、その中でこれは!とお気に入り(というのも変ですが)を見つけました。

「われを頼めて来ぬ男 角三つ生ひたる鬼になれ さて人に疎まれよ 霜 雪 霰 散る水田の鳥となれ さて足冷たかれ 池の浮草となりねかし と揺りかう揺り揺られ歩け」(三三九)

というものなんですが、「あてにさせておいて通ってこない薄情な男に投げかけた女の呪詛」と解説されております。

主体を女性にしなくても、(今様は、その場の雰囲気に合うよう歌詞を変えて歌うことも色々あったようなので)男を人など別の言い方に変えてもいいのかなと思うのですがいずれにせよ、誰かが誰かを「お前なんかどうにでもなれ」とでもいうかのように深く怨み、その裏には、それ以上に愛情などがあったりする、なんともいえない心情を歌にしたもので、ただ単に呪詛の歌、というものでもないように思います。

こういうのを、もっと読んでみたいですが、全集になると・・・高価だよなあ、やっぱり。

本日は近オリ購入してきたので、続きから感想です。

拍手ありがとうございます!

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